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福岡高等裁判所 昭和36年(う)145号 判決 1962年2月05日

控訴人

被告人 野村享 外一名

検察官

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人両名の弁護人諫山博、同坂本泰良連名の昭和三六年三月二三日付控訴趣意書(以下甲趣意書という)並びに同年同月二五日付控訴趣意書(以下乙趣意書という)および熊本地方検察庁検察官検事原田重隆作成福岡高等検察庁検事宿利精一提出の控訴趣意書記載のとおりであり、右検察官の控訴趣意に対する被告人両名の答弁は右両弁護人連名の答弁書記載のとおりであるからここにこれらを引用し、これらに対して当裁判所はつぎのとおり判断する。

一、弁護人らの甲趣意書第一点(一)(二)(三)(四)、第二点、第三点、乙趣意書第一点第二点について

しかしながら原判決の挙示引用する証拠を綜合すれば、原判決摘示の事実、ことに被告人両名は東三男と互いに意思を通じ、原判示の日時場所において原判示の経緯から、日本国有鉄道(以下国鉄という)職員である永村四郎の職務執行中同人に原判示の暴行を加え、よつて同人の公務の執行を妨害するとともに、同人に対し原判示の傷害を加えたことを認めることができる。

乙趣意書第一点中に永村四郎の検察官に対する供述調書は、検察官の主観による作文にすぎず、とくに信用すべき状況にあつたとは聊も証明されていない旨主張する部分があるけれども、記録を調査しても、右供述調書は同人が検察官から強制誘導など不法不当な方法による取調べを受けた結果、検察官の主観に迎合して不任意な虚偽の供述をなし、或いは同人が被告人らを敵視して故らに被告人らに不利益な虚偽ないし誇張した供述をなし、これを録取して作成されたものであることを認めるに足る措信すべき何らの資料がなく、却つて右供述記載は、原審および当審における同人の供述にてらして一貫性があり、前者は後者の供述よりも本件事犯に接着した時期に取調べられた検察官に対する供述を録取したもので、その供述を信用すべき特別の状況の存することが認められる。

甲趣意書第二点、乙趣意書第二点中に、原判決が医師平野竜太郎作成の診断書を証拠としたことにつき非難する部分があるけれども、右診断書は原審第九回公判調書中同人の証人としての供述記載および原審第五回、第六回公判調書中の証人永村四郎の各供述記載にてらしてその証拠価値は十分であり、原判決がこれを証拠として採用したことにつき所論のような経験則違反はない。

また甲趣意書第一点(四)および乙趣意書第二点の後段は、被告人らの暴行は公務執行妨害罪のいわゆる暴行の程度にいたらないものであり、その傷害もまた刑法上の傷害とはいえない旨主張するけれども、被告人らの守衛永村に加えた原判示所為が同人の職務執行の妨害となるべき程度の不法な有形力の行使であること、および右暴行により永村の生理機能に障害を与え、その健康状態を不良に変更し、これが治癒に約一〇日間を要したものであることは、原判決の挙示する関係証拠により明らかなところである。従つて右暴行並びに傷害が、公務執行妨害罪の暴行、傷害罪の傷害に該たるものであることはいうまでもない。

その他原審の取調べた証拠のうち、原審認定の事実に副わない部分は原審がこれを措信しなかつたものと解すべきであり、証拠の取捨選択並びにその価値判断に、経験則その他採証法則の違背等とくに不合理とすべき事由なく、また記録を調べても原判決に所論のような事実誤認の違法があるものとは認められない。論旨はいずれも理由がない。

二、弁護人らの甲趣意書第一点の(五)、第四点第五点、乙趣意書第三点について

所論は、(1)国鉄の業務は刑法上の公務ではなく、仮りに公務であるとしても、国鉄守衛永村の担当業務は単純な機械的肉体的労務であるから、刑法第九五条第一項により保護されるべき公務ではなく、従つて同人は同条のいわゆる公務員ではない。(2)永村の本件ビラ剥ぎの所為は、労働基準法第三二条第三三条第三六条日本国有鉄道法(以下国鉄法という)第三三条に違反するから、適法な職務の執行に該当しない。(3)永村の本件ビラ剥ぎ行為は組合の団結権を侵害する目的でなされた組合敵視の行為であるから適法な職務の執行ではない。(4)被告人らの本件所為は正当な労働組合運動であるからその違法性は阻却せらるべきであり、また正当防衛行為であるから罪とならないというにある。

よつて

(一)  所論(1)の点について考えるに、公務の執行には性質上公務員が人または物に対し、国家または公共団体の特定の意思を権力的に強制する場合と強制力を伴わない非権力的な場合とがあり、公共企業体たる国鉄が非権力的な貨客の運輸を主たる業務とすることは、民営鉄道のそれと実質上択ぶところはないが、前者は営利を目的とせず公共の福祉を増進することをもつて目的とし、公法上の法人とされ、その役員および職員は法令により公務に従事する者とみなされるものであるから、国鉄の業務は当然公務と解すべく、また日本国有鉄道組織規程によれば、熊本鉄道管理局に文書課が設置され、守衛は同課の課員であつて文書課守衛として発令され、その職務は、同管理局構内の取締および国鉄防災規程消防法等の規定による防災事務の総合運営に関するものであり、国鉄総裁達社内取締規程によれば、守衛は取締責任者(管理局総務部長その他業務機関の長)または守衛長の指揮を受けて社内取締の職務に従事し、またそれに関して雑務手給仕等を直接に指揮監督すべきものとし、取締責任者は掲出の承認を受けない掲出類を掲出してあるときはこれを撤去しなければならないとされているから、国鉄守衛は国鉄法第二六条第一項所定の国鉄に常時勤務する職員で、同法第三四条により法令により公務に従事する者とみなされる者であり、またその職務の内容も、単純な機械的肉体的労務ではなく智能的判断を要するものというべく、このことは公共企業体等労働関係法第四条第二項に基づく告示により、鉄道管理局守衛は同法第四条第一項の「管理又は監督の地位にある者」とされていることによつても明らかである。従つて国鉄守衛永村が本件当時刑法第七条にいう法令により公務に従事する職員であり、同法第九五条にいわゆる公務員であつた旨認定した原判決はまことに相当であつて、原判決には所論のような違法はない。論旨は理由がない。

(二)  所論(2)の点について検討するに、原審第五回公判調書中証人永村同小旗吉雄の、同第六回公判調書中証人小旗の、同第九回公判調書中証人野上慶五郎の各供述記載によれば、守衛永村に本件当日朝八時半から勤務につき、同夜午後一〇時から翌日午前二時まで睡眠時間のため宿直室で就寝中、一一時半頃取締責任者たる上司の文書課長野上慶五郎の電話による指揮を受けた守衛小旗から、「労組員がビラを貼つたから起きてビラ剥ぎを加勢してくれ」といわれ、原判示正門門柱の表札上に貼付してあつたビラを剥ぎ取つたものであることは所論のとおりであるけれども、守衛永村は当時一昼夜交替の勤務につき夜勤をしていたものであり、たまたまその睡眠時間中に被告人らの本件ビラ貼り行為があつたため、相勤務者の守衛小旗から起こされたのでこれに応じ、当然自己のなすべき職務の執行としてビラを剥ぎ取つたものであるから、守衛永村の使用者の所為が、所論のように労働基準法或いは国鉄法に違反するかどうかにかかわりなく、守衛永村の右行為は同人が守衛として有する管理局構内取締の権限に基づき、かねてその上司から指揮を受けていた事項をその職務として執行したものであつて、右職務の執行は、公務執行妨害罪の構成要件としての職務執行の適法性につき欠けるところがあるものとは認められない。論旨は理由がない。

(三)  所論(3)の点について考察するのに、原判決の挙示する証拠によると、本件ビラ貼り行為はビラの貼付箇所、内容、大きさ、枚数および貼付禁止の事前警告の無視その他諸般の事情を綜合的に観察すれば、全体として組合の正当行為の範囲をこえる違法な所為であると認むべきことは原判決の説示するとおりであり、守衛永村が本件ビラを剥ぎ取つたのは、その職務の執行としての正当行為であつて、所論のように、それが組合の団結権を侵害する目的でなされた組合敵視の違法行為とはいえない。論旨は理由がない。

(四)  所論(4)の点について審案するに、被告人らの本件所為が正当な労働組合運動と目しがたいことは、被告人らが平和的説得の範囲を逸脱して、原判示のとおり東三男と互いに意思を通じ、守衛永村がその職務の執行として原判示のビラを剥ぎ取り中、同人に対して暴行傷害を加えたものであることに徴しまことに明白であり、また本件ビラ貼りが組合の正当行為の限界をこえた違法な行為であると認むべきことは前に説示したとおりであつて、守衛永村がその職務の執行として本件ビラ剥ぎをするにいたつた行為には何らの違法性も認められないから、被告人らの本件暴行の所為が正当防衛であるとの主張もまた到底採用することができない。論旨は理由がない。

三、検察官の控訴趣意および弁護人らの甲趣意書第六点について

検察官の所論は被告人らに対する原判決の量刑は軽きに失するというにあり、弁護人らの所論は被告人らに対する原判決の刑の量定は重きにすぎるから罰金刑をもつて処断すべきであるというにある。よつて案ずるに、記録および証拠に現われている本件犯罪の動機態様罪質、被告人らの性格素行年令経歴、被害の状況、犯罪後の情状その他諸般の点を綜合すれば、原判決の刑の量定は相当であると認められ、各所論の被告人らに不利有利の諸点を参酌考量しても、なお原判決の量刑が被告人らに対し軽きに失しまたは重きにすぎるものとは認めがたい。(公務執行妨害と傷害とが刑法第五四条一項前段の関係に立つ場合に罰金刑をもつて処断し得ないことについては、昭和二九年(あ)第三五七三号同三二年二月一四日第一小法廷判決、最高裁判所刑事判例集第一一巻第二号七一五頁参照)各論旨はいずれも採用し得ない。

よつて刑事訴訟法第三九六条に則つて本件各控訴を棄却すべきものとし、当審における訴訟費用の連帯負担につき同法第一八一条第一項本文第一八二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大曲壮次郎 古賀俊郎 中倉貞重)

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